那珂通辰の墓
なかみちとぎのはか
南北朝時代の武将那珂通辰の墓は、正宗寺北側、勝楽寺正法寺跡の近くにあります。建武二年(1335年)北畠方の南朝軍(那珂一族)と足利方の北朝軍(佐竹一族)が甕の原(日立市水木町付近)で戦い、さらには当市に隣接する地域でも度々合戦があったといわれています。激戦の後、敗走する那珂通辰とその一族はこの地で自害したと伝えられています。