旧久昌寺跡
きゅうきゅうしょうじあと
 徳川光圀公は生母谷久子の冥福を祈るため建立したお寺です。かつては、豪壮な唐風七堂伽藍を配したお寺でしたが、幕末の混乱期に荒廃し、明治3年現在の太田二高裏山の中腹に移されました。